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中京ゴルフ倶楽部が世界的に知られている理由は2つある。
1つはコースの設計をピート・ダイが監修しているということ。
そして、2つめはトヨタ・ジュニアゴルフワールドカップの舞台としてだ。
ピート・ダイは言わずと知れたゴルフコース設計のビッグネームで、枕木を使ったデザインがトレードマークだ。「コースに恐怖を持ち込んだ男」と呼ばれ、プレーヤーに卓越した技量を求めるその作品は常に論争を巻き起こしてきたといっても過言ではない。スタジアムコースとして造ったTPSソーグラスの17番は特に有名で、毎年3月に開催されるザ・プレーヤーズ選手権ではグリーンの周囲を池に囲まれた短いパー3が世界のトッププレーヤーを苦しめている。多くの作品はトップアマの妻アリーとの共同作業で生み出されるが、12歳から仕事を手伝った長男のペリーはダイ・デザイン社を設立して1980年代の半ばに日本へ進出。数多くの優れたコースを残しているが、石野コースもそのうちのひとつだ。
そしてトヨタ・ジュニアゴルフワールドカップ。将来を嘱望される選手が世界中から集まるこの試合はジュニアゴルファーのビッグイベントでスターへの登竜門ともいえる試合だ。歴代出場選手を見ると、ジョン・ラーム、ジャスティン・ローズ、ビクトル・ホブラン、キャメロン・スミス、ダニー・ウィレット、そして松山英樹など錚々たる顔ぶれが並ぶ。現在メジャー大会で優勝争いをしている選手のほとんどが参加しているといっても過言ではないぐらいだ。つまり彼らの胸には世界の強豪たちと切磋琢磨した舞台として石野コースが刻まれているのである。おそらく日本の一般ゴルファーが想像する以上にその思い入れは強いのではないだろうか。
もっとも日本のゴルファーにとってはブリヂストンレディスオープンの舞台として馴染があるだろうし、歴代優勝者には実力者が並ぶ。
そう、ここでも強い選手が勝ち切ることでそのポテンシャルを証明しているといえよう。
ではいったいどんなコースなのか。
ここで実際に図面を引いたのは長男ペリーである。設計図を見ると1番から18番まで、詳細なスケッチとともに綿密に計画が立てられているのがわかる。1番ホールはピート・ダイが発明したウェイエストエリアをティーショットで飛び越えていくユニークな設計で、セカンドはダウンヒルからのショットになる。スタートホールからいかにもピート・ダイらしいが、実際の1番と照らし合わせると「おやっ」という疑問がたちまち頭をもたげる。そう、オープンにあたってアウトとインが入れ替えられているのだ。図面の10番が現在の1番ホールであり、1番のウェイストエリアは現在の10番ホールに存在する。ここでは現在の順番で各ホールを追っていくことにしよう。
プレーするとすぐにわかるのが、同じホールがないということだ。ゴルファーはティーに立ち戦略を立てるが、視界に飛び込んでくる景色はもちろん、その戦略的な意味が毎ホール違うので気が抜けない。数ホール巡っただけでドッグレッグの向きと高低差をうまく使ったルーティングの巧さに思わず関心したのだが、グリーンの形状や大きさにも毎回変化を与えている芸の細かさなのだ。どこまで続くのか興味深く進んでいくと、きっちり最終ホールまでその趣向は続く。
3番と6番のパー3で効果的に場面転換した後、壮大な7番を皮切りにタフな8番、ドラマティックな9番で締める上がり3ホールは特筆すべき素晴らしさで、それはある意味クライマックスともいえるだろう。もちろんそれはバックナインとして計画されたからであり、トーナメントではアウトとインが入れ替えられているのも納得できる。林に溶け込んだ巨大なクラブハウスへ向かって打っていく9番のセカンドは忘れられない1打になるだろう。
バックナインは端的に言って18番ホールまでの旅である。池の存在を意識しながら豪快に打ち下ろす10番はそのプロローグであり、隣に佇む最終到達地への伏線なのだ。静謐な13番で一度雰囲気を変え、再び最終ホールまでの盛り上がりを作るストーリー作りは秀逸。ホール全体をクリークが貫く18番はいかにもピート・ダイ的で、その美しさと醸し出す恐怖は物語のラストにふさわしく、ここを最終ホールにした意図もわからなくはない。ここを無難にパーで切り抜けるのはそうやさしいことではないので、日々様々なドラマが起こっていることだろう。上手くいかなかった場合は「だからピート・ダイは…」と文句の一つも言いたくなるだろうが、それこそがピート・ダイのコースである証しだ。
本大会は『中京テレビブリヂストンレディスオープン』の名称で1983年に創設され、2000年から2021年まで当倶楽部で開催されてきた。2022年からはツアー名を『ブリヂストンレディスオープン』として、引き続き当倶楽部にて隔年で開催されている。
このコースにはもうひとつ特筆すべきものがあって、それはクラブハウスに他ならない。壁や柱を飾る重厚なレンガは海外から取り寄せられたもので、光とガラス、御影石と木、多彩な素材がハーモニーを奏でるかのように調和し高級感を醸し出す。エントランスを一歩入ると吹き抜けの大空間が広がり、天井の大開口部から光が降り注ぐ「光の庭」に思わず目を奪われる。地下には60台収容できる駐車場があり、季節や天候に左右されることなくエレベーターでスムーズに1階フロアへ到達できるなど機能性も完璧だ。そしてこの巨大な建物を流れるようなスロープの大屋根が包み込む。宮城県産の玄昌石を用いた大屋根は堂々たる存在感を主張しながらも、周囲の林と一体化するなど建築としての価値は非常に高い。
父ピート・ダイの美学を息子ペリーが恵まれた大地に展開したコースはポテンシャルが高く手を入れれば入れるほどに輝くだろうし、コースに調和するクラブハウスは今後も輝きを失わない永遠性を持つ。もしかするとその価値に気付いていないのは日本人だけなのかもしれない。